悪はどこだ2
北朝鮮からヤツが戻って来た。
射殺されたものとばかり思っていたのでこれには本当に驚いた。
が、あの国から生還できただけでもすごい幸運なのにヤツはしきりに悔しがって言った。
「もう少しだったのによぅ」
あと少しで総書記を思いっきりぶちのめすことが出来たということらしい。
「ほんと、あともうちょっとで・・・」
その真偽の程は分からないが、それでもヤツは意気盛んだった。
捜し求めていたものがついに見つかったからだ。
ついに終生の目的が見つかったからだ。
自らの命を懸けて倒すに値する悪。
絶対で純粋の悪。
「確かにあいつは悪だ」
ヤツは何度も頷きながら呟いた。
「それも本物の」
ヤツにそう確信させたもの。
それはあの拉致問題でも悪名高き独裁体制でもなく十数発の弾丸だった。
総書記官邸に乱入しようとした際、問答無用で撃ち込まれた十数発の弾丸・・・
そして正義のヒーローである自分に深手を負わせ、当初の目的を一時的にせよ断念せしめたという事実。
それが何よりも相手が"本物"であることの証明だった。
ちなみに弾丸は日本に逃げ帰る途中、自ら指でほじくり出して山に捨ててきたそうだ。
その傷跡も見せてもらった。絶句するのみだった。
ともかくヤツは"本物"を探し当てた。
その事だけで、わざわざ海を渡ってかの国に潜入した甲斐はあったと言う。
もう、その辺の暴走族や闇金融、組関係や悪徳政治家などというヤワくてセコいニセモノ連中を暇つぶしの相手にする必要はないのだ。
が、同時に簡単にはぶん殴れない相手であることも身にしみて分かったようだ。
目的の大ボスにたどり着く前に何百というザコキャラや何重もの分厚い防御壁を突破しなければならない。
それは、あらゆる点で桁外れのヤツをもってしても最終的な目的遂行を危ういものに感じさせたようだ。
「何かいい方法はないか?」
そう問いかけるヤツの顔は真剣そのものだった。
数少ない友人の一人である僕を参謀か知恵袋のように思っているのかも知れない。
でも、そんなヤツを僕も嫌いではなかった。
こんなヤツが一人くらいいたっていい。
アニメや映画の中だけでなく。
そう、現実世界にも。
「要するに総書記とサシで対決したいんだろ?」
「サシでなくても五十人ぐらいまでならならだいじょうぶだ」
ヤツは自信たっぷりに頷いた。
「なら一つある」
僕は黙って数日前の紙面をヤツに示した。
そこには日本の総理大臣があの総書記と握手しているシーンが大見出しで載っていた。
「要するに君も総理大臣になればいいんだ」
ヤツはしばし目を丸くして食い入るように写真に見入っていた。
僕にはヤツの驚きと疑問が手に取るように分かった。
"なぜこいつはにこやかに握手なんかしてるんだ?"
"なぜこいつは大ボスにたどり着きながら相手をぶちのめさないんだ?"
が、ヤツは自分が並みの人間とは根っこから違っているということだけは知っていた。
そして言った。
「どうすればその・・・総理大臣になれるんだ?」
「まずは立候補して国会議員になることだ」
僕は誠実に答えた。
「どうやって立候補するんだ?」
「簡単だよ。次の選挙で名乗り出るだけだ」
立候補に必要な預託金制度(1000万円)については敢えて言わなかった。
ヤツは貧乏だったし、僕にもそれを話す前に少し思うところがあったからだ。
「そうすれば国会議員になれるのか?」
「君の主張が国民に受け入れられればね」
「しゅちょう?・・・」
「そう。この国を良くするにはどうすればいいかをみんなに訴えて自分に票を入れてもらうんだ」
「・・・・」
「君にも主義主張があるだろ?」
「しゅぎしゅちょう?・・・それがないとダメなのか?」
ヤツは困惑顔で聞き返した。
「そんな難しいことじゃない。自分が普段からこうあるべきだと思ってることだよ」
ヤツの顔がぱっと輝いた。
「なんだ、そんなことか」
ヤツはいきなり飛び出して言ったかと思うと
五分後にはまた突風のようにドドドと部屋に駆け込んできた。
どこで手に入れたのか、商店街の大売出しみたいな幟を携えて。
それには白地の布にド下手な太字で黒々とヤツの主張が踊っていた。
"すべての悪をたたきつぶす!!"
もちろん予想通りだ。
でも、見てみたかったのだ。
正直、それを確かめたかったのだ。
「うん、分かった」
僕は頷いて言った。
「協力するよ」