キラッと父さん3
深夜。
二階の寝室。
険しい面持ちで額を寄せる夫婦。
「どうするの? これから」
「・・・・」
「まだこの家のローンがあと12年・・・」
「・・・・」
「それに詩織が来年私学に受かったら、その学費だって・・・」
「・・・・」
しばし腕組みして考え込む夫。
が、あっさりと
「無理だな」
「え?」
「どう考えても無理だ。いまさら再就職先を見つけるのは」
「・・・・」
「俺ももうこの歳だし、これといったキャリアを積んでるわけでもないしなぁ」
「じゃあどうするのよ!」
夫の投げやりな態度に食ってかかる妻。
「失業手当だっていつまでももらえる訳じゃないのよ!」
「あたしがパートに出たって高が知れてるんだから!」
「いや・・・そうでもないぞ」
と、おもむろに身を乗り出し一枚のチラシを差し出す夫。
「働き口さえ選ばなければな」
「なにこれ・・・」
チラシを手に取る妻。
「な・・・見ろよ時給5000円だぜ」
目を丸くしてチラシを指差す夫。
そして
「いいよなぁ女は・・・」
ほうっとため息まじりに後ろにふんぞり返り
「お前さえその気になりゃあ、すぐにだって俺の稼ぎぐらい・・・」
が、チラシを持つ妻の手はこのとき既にプルプル震えていた。
ドグワガラゴシャン!!
二階の窓を突き破って屋根伝いに転げ落ちてくる夫。
青アザに顔をしかめイタタと立ち上がる彼の頭上では
「いったいどーゆー神経してるの!?」
鬼のような形相で二階から睨みつける妻。
「このあたしにそんなところで働けって言うの!?」
それを聞いてハッとなる夫。
「やっぱそうだよなぁ・・・」
ボリボリ頭をかきながら
「お前の歳じゃ、どう見たって無理があるよなキャバクラは」
それでもすぐに気を取り直し
「じゃあソープはどうだ? 駅前のライオン通りに"泡姫"ってのがあるんだけど」
玄関からダダダと階段を駆け上っていく。
「あそこならマネージャーとも顔なじみだし多少年増でもやる気がありゃOKだって言ってたぞ! なぁ聞いてるか?幸子ぉ!」
ガララッ!
とベランダの窓が開き
「之博!」
と甲高い母の声。
「いつまで星見てるの!? 受験勉強はどうしたの!?」
「うっせえババァ!! すっこんでろっ!!」
そう怒鳴り返しながらも之博の目は星空のある一点に釘付けになっていた。
"こっちはそれどころじゃねぇんだよ"
"世紀の大発見かも知れねぇんだからな"
心の中でそう呟きながらも天文オタクの之博はもう一度接眼レンズに右目をぎゅっと押し付けた。
目の周りに丸い隈取が出来るほどに。
"絶対アレはただの流れ星なんかじゃない"
彼はそう確信していた。
定時観測のオリオン座大星雲。
その口径20センチ円形視界を不意に横切ったあの光り輝くUFO・・・
そうあれは、今のところUnidentified Flying Objectとしか表現できない何かだった。
それも円盤型でも葉巻型でも帽子型でもない、およそこれまで世界中で目撃されたどんなそれとも異なる形状をしていた。
そう。彼の錯覚でなければ、それは確かに"人型"をしていたのだ。
おまけに悲鳴にも似た擦過音まで鼓膜に残っている。
頼みの綱は夢中で切ったシャッターの銀塩カメラ。
それでもやはり歯軋りする思いは否めない。
"あの時、冷却CCDにさえ装換していれば・・・"
"銀塩だとやっぱ露出が足りなかったか?・・・でもあれだけ明るく輝いていれば・・・"
神にも祈る思いだった。
すぐにも手作り暗室に駆け込みたかったが、もう一度丹念に夜空を精査しなければ・・・
1952年7月12日のアンデス・アコンカグア山麓では一時間のうちに十四回UFOが目撃されたという例もある。
とにかく彼は受験勉強なんかよりずっとスリリングで夢中になれる何かを見つけたのだ。