引きこもり8
燃え盛る救急車。
その炎を背に、ゆらりと立ち上がる母さん。
「どうして!?」
清田さんが叫んだ。
「どうしてタケシさんをこんな目に合わせるの!?」
ぴたりと母さんに向けられたリボルバーの銃口。
でも、それは小刻みに震えていた。
「自分の息子でしょ!? 可愛くないの!?」
が、母さんは
「あたしゃあね」
さばさばしたように言った。
「タケシに立ち直ってもらいたいだけなんだよ」
「ずっと引きこもりのままじゃあ、どうしようもないからね」
「ウソ!」
清田さんが吠えた。
長い間鬱積していたものが一気に迸り出るように。
「引きこもりだからって違法マグロ船に叩き売る必要があるの!?」
「引きこもりだからって後ろから花瓶でどやしつける必要があるの!?」
「引きこもりだからって車で跳ね飛ばす必要があるの!?」
「引きこもりだからって病室ごと鉄球で破壊する必要があるの!?」
「引きこもりだからってテロ組織のアヘン農園に売り飛ばす必要があるの!?」
「・・・・」
「何とか言いなさいよ!」
「そんな母親がどこにいるのよっ!!」
清田さんの目は今にも涙であふれそうだった。
が
「ここにいるじゃない」
あっさりと母さんは言ってのけた。
「何も知らないくせに利いた風な口を・・・」
そう吐き捨て
「あの子のせいで、どれだけうちが貧乏したか知ってるのかい?」
「暴行に耐えかねた父親が出て行ってから、どれだけうちが・・・}
それからフフンと鼻を鳴らし
「引きこもりなんて唯の未熟な駄々っ子なんだよ!」
「繊細で傷つきやすい自我? バカ言ってんじゃないよ!!」
「本当に引きこもりたいのなら、どこか山奥にでも独りで移り住めばいいんだ」
「それもできないくせに、自分に、親に、社会に、甘えて甘えて甘え抜いて・・・」
「そう。日本は裕福さ。そんなことまで大そうな社会現象になっちまうんだから」
「でもね、そんな駄々っ子にかまってやれる裕福な家ばかりじゃないんだよ」
「これまで苦労させられた分は、きっちり働いて返してもらうのさ」
「・・・さ、もういいだろぅ」
そう言うと、清田さんを無視するようにすたすたとタケシ兄ちゃんに歩み寄った。
街路樹の根元で意識朦朧に横たわっていた兄ちゃんは
ヒイッ!
母さんを目にするなり怯えたように僕にしがみついてきた。
でも母さんは無造作にかがみこみながら
「何してるんだい、ヒロシ」
隣の僕に言った。
「さ、手伝っとくれ」
が
「ダメよ!!」
再度、清田さんが吠えた。
「タケシさんは渡さないわ!!」
「指一本でも彼に触れたら・・・」
すると母さんはすっと立ち上がり。
「どうするんだい? 指一本でも触れたら」
ズイと清田さんに迫りながら言った。平然と。
「あたしゃあこの子の母親だよ。その母親をどうしようって言うんだい?」
ぴたりと向けられたリボルバーの銃口。
が、ぶるぶる震えるグリップからは脂汗が滴り落ちていた。
後一歩・・・
そう。
後一歩、母さんが踏み出していたら清田さんは本当に撃っていたかもしれない。
でも次の瞬間
「あら・・・」
母さんは、自分の耳からだらりと流れ落ちてくる真っ赤なものを不思議そうに手でぬぐった。
「なんだろう」
それからどうっと丸太のように倒れてそのまま動かなくなった。
僕らは、しばし呆然とその場に凍りついたようになった。
何が起こったのかも分からないまま・・・
警察のサイレンが近づいていた。
兄ちゃんは日本に移送された後、とある施設でリハビリに励んでいる。
もちろんその隣には、ぴたりと影のように寄り添う清田さんの姿。
長年住み慣れた家は売り払って借金の返済や入院費に当てた。
そしてあの人・・・・
救急車ごと転倒した際、頭を強く打っていたことが死因だった。
葬式は挙げていない。遺骨も僕のアパートに置かれたまま。
兄ちゃんも清田さんも、全て忘れてしまいたいみたいだ。
でも、あの人が僕らの母親であった事実は変わらない。