悪はどこだ4
とある闇金融グループのアジト。
「ひいぃぃ!」
怯えきったボスは今にも泣き出しそうだった。
周囲にはあらかた片付いた連中が七八人、ヤツの足元でボロ雑巾のように転がっていた。
ボスは言われたとおり金庫を開け札束をドサッと投げ出して言った。
「こ・・・こいつで勘弁してくれぇ!」
ざっと数えて2000万。
立候補に必要な預託金プラス選挙運動資金としてはひとまず十分な額だ。
「よし。トドメだ」
僕はヤツに振り返って言った。
だがヤツは首をかしげた。
「トドメ?・・・」
「殺るんだ」
「や・・・殺る?」
ヤツはなかなか反応しなかった。
僕はいらいらしながら声を荒げた。
「この男を殺すんだ!」
「こ・・・殺すって・・・・」
ヤツは初めて口にする言葉のように言いよどんだ。
声まで少女のように上ずって震えていた。
「こいつは根っからの悪党だ!」
僕は思わず叫んでいた。
「生かしておいても害毒しか垂れ流さないただの虫けらなんだ!」
そして厳しくヤツをにらみつけた。
ようやくヤツはおずおずとボスの首に手をかけた。
ボスの腰の抜けた下腹部からタレ流された小水がじわりと広がっていった。
「そうだ。へし折るんだ」
「・・・・」
が、またしてもヤツはそのまま凝固してしまった。
そしてポツリと言った。
「虫を殺すのは・・・ヤダ」
僕は本質的なヤツの甘さを見たように思った。
それが本質的な優しさだとしても命取りになりかねない弱点であることに変わりなかった。
それを確かめるべく
僕はヤツをとあるアパートに連れて行った。
そこでは半身不随の障害者が一人パソコンに向かっていた。
「誰?」
彼はいきなり上がりこんできた僕らに怯えた視線を向けた。
僕はかまわずヤツに言った。
「彼はボットネットを操り毎日数十万通もの迷惑なスパムメールをばら撒き続けている」
「悪徳業者に雇われたとはいえ同罪だ」
「叩き潰すんだ」
でも、やはりヤツはもじもじしていた。
「あ・・・悪なのか?」
「そう。悪だ」
僕はきっぱりと頷いた。
障害者の彼はその間何も言わず、しょんぼりと下を向いていた。
「叩き潰さないとダメか?」
「ダメだ」
ヤツは渋々彼を片手で持ち上げこぶしを振りかぶった。
麻痺した下半身がだらりと垂れ下がり苦痛と恐怖の呻きがその喉から漏れた。
そしてまたしてもヤツは、そのまま固まってしまった。
電源を切られたロボットみたいに。
「もういい。行こう」
帰り道
「君は本当に金正日を殺したいのか?」
僕は改めてヤツに問いかけた。
「・・・殺す?」
ヤツは繰り返した。
自分に問いかけるかのように。
"叩き潰す"という勇ましいだけの概念と"殺す"という具体的な行動が未だしっくり結びついていないようだ。
「悪を叩き潰すというのはそういうことだ」
「どこかに悪という巨大な岩の塊があるわけじゃない」
「悪は衣のようなものだ。身にまとわれて始めて悪となる」
「その衣だけ焼くことはできない。身にまとった人間ごと消し去るしかないんだ」
「つまり殺すということだ」
ヤツは何も言わなかった。
どうやら悪い予感は当たったらしい。
彼の理想とするヒーロー像は少年コミックの域を一歩たりと踏み出してはいなかった。
「もし君が運良く総理大臣になって金正日とサシで対決することができたとしても・・・」
僕はかんで含めるように続けた。
「相手をボコボコに痛めつけただけで満足して肝心のトドメを刺さなかったらその後どうなると思う」
「・・・・」
「猛反撃で君は確実に殺される。君でも確実にね」
「それに北朝鮮と日本は未曾有の大混乱に陥るだろう。国家全体を巻き込んだ巨大な怨恨が後に尾を引くからね」
ヤツはぽかんと口を開けて聞き入っていた。
その後どうなるかなど考えたこともなかったようだ。
思わずため息が漏れた。
そして
下宿は警察のガサ入れの真っ最中だった。
僕ら二人は有無を言わさず豚箱にぶち込まれた。
屈強無比のヤツも警察の前では借りてきた猫のようだった。
逮捕令状には暴行障害及び恐喝の容疑と記されてあった。
あの闇金融グループが、あろうことかその日のうちに警察に泣き付いたのだ。
あの時トドメを刺せなかった禍根が、もうこんな形の障害となって僕らの前に立ちふさがった。
トドメを刺さず生かしておくというのはこういうことなのだ。
金正日への道はまだまだ険しくそして長い。