夏休み3



 待ちに待った海水浴。
 父さんが見つけてきた穴場の浜辺。
 奥まった入り江。緩やかに湾曲する真っ白な砂浜。
 そして真っ青な海。雲ひとつ無い空には真夏の太陽・・・

 「わーーーっ!!」

 水着に着替えるのももどかしく、まず男の子が海にかけてゆきます。
 次いで妹が

 「待ってよお兄ちゃん!」

 自分より大きな浮き袋を抱えてよたよた追いかけます。

  ワンワンワンワン!!

 飼い犬のフェルマーも負けじと尻尾を振って駆け出します。  
 二人と一匹の後ろからはお父さんが叫びます。

 「沖に出ちゃダメだぞーー!!」

 サングラスの父さんは砂浜に大きなビーチパラソルを突き刺し
 麦藁帽の母さんはふうふういいながら車からリクライニングチェアを運んでいます。
 みんな忙しそうです。でもみんなとびっきりの笑顔です。真夏の強烈な日差しにも負けない笑みがそこかしこに零れ落ちています。


 そしてけだるい午後。
 水遊びに飽いた兄妹は今度は砂浜でせっせと創作活動です。
 まず兄が盛り固めた砂山に両側から穴を掘ります。トンネルの開通工事です。
 妹はその横で小ぶりな砂山をぺたぺたスコップで固めています。それから小さな手で周囲を少しずつ削ってゆきます。
 そうっとそうっと慎重に・・・どうやら四角にするようです・・・砂のお家でも作るつもりでしょうか・・・
 二つの小さな顎から滴り落ちたしっょぱい雫が白砂をぬらしてはたちまち乾いてゆきます。
 そんな無心な砂の彫刻家たちの鼻腔を、どこからか甘酸っぱい香りがくすぐります。
 ふと見ると、いつの間にやら少し離れた"海の家"ではおじさんがジュウジュウと焼きそばをコテでかき回しています。
 さっき母さん手作りのサンドウッチをたらふく平らげたばかりの二人の胃袋がもうギュルルと鳴り出しています。
 二人は顔を見合わせるや、すぐさま両親の元に駆け寄ります。
 パラソルの真下で本を読んでいた父さんも、うつぶせに寝そべって背中を焼いていた母さんも半ば呆れ顔です。
 それでも四人ともが無愛想なおじさんの焼きそばにハフハフ言いながら舌鼓を打ったのは言うまでもありません。
 その後、思いっきり歯にしみるほど冷たいカキ氷を口いっぱいに頬張ったことも。


 そして・・・
 砂浜をじりじり焦がしていた陽も西に傾き、大きなオレンジが海に沈んでゆきます。
 吹き寄せる潮風にも、どこか物悲しい秋の気配がします。
 兄と妹の砂の彫刻はいつしか波にさらわれ跡形もありません。
 でも波打ち際に並んで座り込んだ二人はじっと水平線の彼方に目を凝らしています。
 その遠い眼差しは、幼い二人には不釣合いなほど大人びた憂いを含んでいるようです。
 いつしか過ぎ行く夏を、掛け替えの無いこの瞬間を幼心にも感じ取っているのでしょうか。
 少し後ろでそっと寄り添う両親も、そんな二人の成長を優しく静かに見守っているかのようです。





 八月二十一日(日曜日) 晴れ

 ペットのフェルマーが熱中症で死んだ。
 海に行った帰りしな車の中でぐったりとベロを出していた。
 中にいるのに誰も気づかずドアを閉めてしまったからだった。