へそ曲がり2



 えーーー。
 あのへそ曲がり、その後どうなったんでしょうな。
 そう。刑務所の塀を逆向きに乗り越え目出度くお縄になったあのへそ曲がりです。
 もちろん塀の中に入れられたくらいで筋金入りのへそ曲がりが直るはずもなく、さんざん刑務官たちに逆説教の毎日です。

 「きりきり働きや! そやないと塀ぇ乗り越えて何べんでも戻ってきたるでぇ」

 それでも充実の刑期はあっという間に終わってしまいます。
 もちろん刑務所の方では待ってましたとばかりに男を叩き出します。
 おまけに高い塀のてっぺんに新たに高圧電流の柵を張り巡らす厳重警戒態勢です。
 もちろんあのへそ曲がりが二度と戻ってこれないようにするためです。
 よほど懲りたんでしょうな。こんな受刑者は。
 でも、そうなると逆に闘志を燃やすのがへそ曲がりの真骨頂。

  はて、何とかして舞い戻る策はないものか・・・

 高圧電流は怖い、かといってまた何かやらかしてお縄になるのも芸が無い。
 そこで一念発起のへそ曲がり、猛勉強の挙句、なんと刑務官試験に合格してしまうんですな。
 数ヵ月後、今度は立派な制服姿の同僚として舞い戻ったへそ曲がりに刑務官たちはみな、開いた口が塞がらなかったといいます。

 「どや。ちゃんと戻ってきたやろが」

 もちろんひとり悦に入るへそ曲がりです。
 得意の説教とその逆転人生で受刑者にもすこぶるウケがいい。
 これまで数十年の逆境人生のなかでも最も脂の乗り切った時期を迎えます。
 そうなるとぼちぼち持ち上がるのが結婚話ですな。

  そやな。そろそろ身ぃ固めてもええかなワシも

 でもそこがへそ曲がり。
 普通の相手ではなかなか首を縦に振りません。
 やれ顔がぶさいく、性格悪そうなどと、自分のことは棚に上げてさんざんにこき下ろします。
 業を煮やした仲人おばさん、一計を案じて一枚の写真をすっと男の前に差し出します。
 見ると、とてもこの世のものとも思えない謎の生命体が写ってます。
 それでも反射的に頷いてしまうのがへそ曲がりの悲しい性。

 「び・・・美人やないけ」

 その一言がとうとう年貢の納め時となってしまいます。   

  まぁ、これほどのブスを嫁にできるのはワシぐらいのもんやろな

 そう自分を納得させ、今度はせっせと子作りに励みます。
 そして生まれてきたのは、この究極のカップルの血を受け継いだとはとても思えない玉のような女の子です。
 もちろんつけた名前は

  河馬子(カバ子)

 それでも、この世で唯一のへそ曲がり遺伝子を受け継いだ己の分身。     
 可愛くないはずがありません。
 手塩にかけて育てます。

 「ええか河馬子、お前はブサイクなんやから身の程をわきまえなあかん」

 「はい、お父様」

 それでも見る見る美しく成長してゆく娘。
 早や中学生にして道行く男がみな振り返ってゆきます。  

 「ええか河馬子、お前はアホやねんから勉強しても無駄やぞ」

 「はい、お父様」

 それでも見る見る非凡な才を発揮して二十歳前にして博士号をとってしまいます。
 その育て方とは全くの逆様に成長してゆく娘に、男は己のへそ曲がりの血が一人娘の中に脈々と受け継がれていることを感じ、ますます満足げです。



 そして数年後。
 CERN(欧州合同素粒子原子核研究機構)に客員研究生として招かれた娘を見送る成田空港旅客ターミナル。 

 「ええか河馬子・・・」

 父親としての手向けの言葉。  
 
 「お前はアホでブサイクなんやから・・・」

 でもあとが続きません。

 「はい・・・お父様」

 娘もそう答えたきり下を向いています。
 ぽたぽた雫がフロアに滴り落ちています。  
 うろたえたへそ曲がりの脳裏をありがちな状況推移がよぎります。

  別れ->涙->泣き笑い

 そして反射的に検索された逆概念

  泣き笑い<=>泣き怒り

  スパーン!!

 娘の頬を思いっきり張り飛ばし青筋立てて怒鳴りつけます。

 「ノーベル賞とってこんかい!!」

 「はい! お父様」

 真っ赤に腫らした頬ににっこり笑みを浮かべ、ぺこりと一礼してから搭乗口に消えていく娘。
 涙をこらえ、感慨覚めやらぬ旅客ターミナルに一人たたずむ初老のへそ曲がり。
 ややあってから 

 「あ・・・しもた」

 ふと呟いてしきりに悔やみます。 

 "ノーベル賞だけはとったらあかん!"

 そう言うべきだったと。