精米所のピアニスト2
ある晩。
「ごめんください」
川田精米所の貧乏長屋に珍しく来客がありました。
藤道君が出てみると驚いたことに大そうな美人です。
年のころは二十歳前後でしょうか。フリルのついたドレスに羽飾りの派手な帽子。
でも、リカちゃん人形のような愛らしい面立ちの中で勝気な目だけがギラリと輝いていました。
女はしばし藤道君をじろじろめねまわした挙句こう尋ねました。
「あなたが精米所のピアニスト?」
「え?・・・」
「川田精米所の藤道まさる君でしょ?」
「・・・そうですけど」
ピシッ!!
いきなり頬を張られた藤道君。
訳も分からず頬に手を当て目をシロクロ。
それでも女は青筋立てて喚きたてます。
「なんであたしがこんなド田舎で米俵かつがなきゃなんないのよ!!」
「な・・・なんのことだか・・・」
「そのうちわかるわよ」
フンと鼻を鳴らしそのままズカズカ上がりこんでくる女。
「で・・・ピアノはどこ? 何でもいいから一曲弾いてみてよ」
慌てて追いすがる藤道君。
「ナニ言ってんだ? いったい誰なんだよあんた!」
バシッ!!
またも問答無用の電撃張り手!
「な・・・なな・・・」
見も知らない突然の来訪者から
立て続けに二発もくらった藤道君。
もはや怒りを通り越して茫然自失状態です。
「名前は五郎池タメ子。思わず笑ったでしょ」
「今のはそのお返しよ」
ようやく台所から出てきた母親も、ただならぬ雰囲気に声が出ません。
そんな二人にはお構いなしに女は手狭な屋内をまたもじろじろ物色した挙句
「なに?・・・ピアノなんかどこにもないじゃない」
「やっぱりがせネタよね。リヒター先生もどうかしてるわ」
独り自分に言い聞かせるようにぶつぶつ呟いています。
「あたしの最大のライバルになるかもしれないだなんて・・・」
「そもそもこんな米ぬか臭い貧乏長屋からあのショパンコンクールに応募しようなんてバカがいるわけ・・・」
そこでいきなりくるりと向き直る女。
「あんたまさか応募してないわよね。ショパンコンクール」
「え?・・・ああ・・・」
やっと我に返ったように藤道君
「あれは親方が勝手に『ええっ?!」
「やっぱりそうなの!? あんたピアニストなの!?」
「ええ・・・まぁ・・・」
「じゃピアノはどこにあんのよ!? 見せてみなさいよ早く!!」
なかったらただじゃ済まさないとでも言うような剣幕でせきたてます。
その勢いに押されるようにゆるりと藤道君の手が指差したもの。
もちろん机の表面に彫刻刀で刻み込んだだけの88鍵盤。
音の鳴らないだけの立派なマイピアノです。
「なにコレ・・・」
そう言うなりしばし絶句する女。
マイピアノにじっと目をやる女の肩がピクピク震えています。
「なによコレ!!」
振向きざま女の手がヒュッと藤道君の鼻先を掠めます。
今度はとっさにのけぞって張り手をかわした藤道君。さすがに三発目は喰らいません。
それでも女は真っ赤になってまくし立てます。
「ダン・タイ・ソンの真似!?」
「紙のピアノで練習して1980年にアジア人で始めて優勝したダン・タイ・ソンの真似事!?」
「認めない!」
「あたしは絶対認めないからね!!」
「あんたみたいな田吾作があたしのライバルだなんて絶対に!!」
それから大きく深呼吸して振り乱した長髪を整えながらフンと鼻を鳴らし
「ま・・・いずれあんたの実力はとくと拝見させてもらうわ」
「ジャマしたわね」
そう言うなり出て行ってしまう女。
いきなり吹き込んできた突風がさんざんに部屋中かき回してそのまま吹き過ぎて行ったという感じでしょうか。
「誰だい? ・・・あの人」
それまで台所から息を詰めて成り行きを見守っていた母親。
おずおずと声をかけます。
「つきあってんのかい?」
「でも・・・いやだよ母さん・・・あんな気の強いお嫁さんは」
そして数日後。
今日も精米一筋バリバリ全開の川田精米所です・・・が
「てっ・・・てぇへんだぁ!!」
一番弟子の酒田さんが血相を変えて親方に駆け寄ります。
「なんだてめぇ!!」
ゴワンゴワン唸りを上げる精米機にじっと目を凝らしたまま、ねじり鉢巻の親方が苦虫顔で叱り付けます。
「いったい今までどこほっつき『それどこじゃねぇんで親方!」
「あの山之内の野郎が東京から凄腕ピアニストを雇いやがったんでさぁ!!」
「な・・・なんだってぇ?!」
「さっき二代目が事務所で応対してるのをふと立ち聞きしたんですけどね」
「なんでも今度のショパンコンクールでも入賞間違いなしっていう新進気鋭の音大出で・・・」
そこへいきなり二人の後ろからぬっと現れる人影。
「さすが早耳ですなぁ」
堂々とした押し出しにブルドッグのような脂顔。
悠然とパナマ葉巻をくゆらす山之内精米所のオーナー、山之内作之助その人でした。
「いやなに今日は、今度うちで見習いとして働くことになった五郎池君を皆さんにも御紹介しようと思いましてな」
「はじめまして」
でっぷりした山之内の後ろからすっと歩み出るもう一人。
「五郎池タメ子です」
唖然と口を開いたままの親方と酒田さん。
一度聞いたら忘れられないその名はもちろん
繋ぎの作業着にもあまりに似つかわしくないその華奢な身体と長い髪、そしてリカちゃん人形のような面立ち。
が、彼女は礼儀正しくぺこりと頭を下げながらも、その勝気な視線は、既に補足した標的の背中にピタリと狙いを定めていました。
そう。
そんなことは露知らず
ゴワンゴワン唸りを上げる精米機の巨大なバルブと汗みどろで格闘している藤道君の背中に・・・