ニュートラル3



 私立筋袋(すじぶくろ)高校。
 体育館裏、"橋梁土木建設研究会"のゴージャスな部室。
 真っ赤な絨毯、照明を落としたシャンデリア、ボトルの並ぶ高級キャビネット・・・
 そして本皮の応接ソファーに寝かされているのは、先ほどさらわれてきたばかりの二年C組委員長、八源坂サバ子であった。

 「え?・・・・ここは・・・」

 ようやく気がつき半身を起こすサバ子。

 「悪かったな。手荒なまねをしてよ」

 そう歩み寄ったのは悪名高い"橋梁土木研究会"部長、三年生の玉隠(たまがくれ)雄次郎でした。

 「あたしに何のよう!?」

 警戒感もあらわに座りなおしてスカートの裾を直すサバ子。

 「それに用があるにしてもずいぶんなやり方じゃない!!」

 噛み付かんばかりの剣幕で抗議しながらも横目で素早く出口の様子をうかがいます。
 しかしそこには既に一年の部員(土木工)たちがずらりと脇を固めて蟻ももらさぬ鉄壁ガード。   

 「おめぇに用があるわけじゃねぇんだ実は」

 タバコに火をつけ、どっかりとソファーに沈み込む雄次郎。

 「だったら『まあ聞きな。ウチのおんぼろ体育館、建て替えの計画があるの知ってるだろう?」

 「それとあたしと『筋袋高校の改築、補修はこれまで俺ら"橋土研"が一手に引き受け請け負ってきた」

 「まぁ。当然といえば当然の話だ。俺ら"橋土研"は筋袋(高校)の子飼い、いわば土着の業者だからな」

 「ところがおめぇ、新しく理事会が送り込んできた校長が今後は競争入札にすると言い出しやがった」

 「・・・・」

 「そんな理不尽な遣り口にゃ、こっちとしてもはいそうですかと従うわけにゃいかねぇ。わかるだろ?」

 「さっぱり」

 きょとんと目をしばたたかせるサバ子。
 かまわず続ける雄次郎。

 「それでも前の校長はロリコンだったから若ぇ衆(部員)の妹なんかをあてがって手なずけてきたんだが・・・」

 「今度の校長は調べたところによると・・・なんと"ニューコン"みてぇなんだ」

 「ニューコン?」

 「そう。ニュートコンプレックス・・・早ぇ話、ニュートに目がねぇのよ」

 「あのつるつるした感触がたまんねぇそうだ。いったいなんのことやら・・・へっへっへっ」

 下卑た笑いをもらす雄次郎。
 横からすっとブランデーグラスを差し出す二年の取り巻き設計技師。
 雄次郎が鷹揚に受け取ったそのグラスにコプコプと注ぎ込まれる黄金色の液体。 

 「で。俺らも八方手を尽くして捜したわけよ。手ごろなニュートがいねぇか」

 「・・・・」

 「しかしいねぇもんだな。ニュートってのはよ」

 「カミングアウトしてるのはほんの一部で、推定数十万とは言われてるが・・・」

 「ここ筋袋(高校)じゃ、それらしいのがたった一人だけ。もう誰だかわかるよな?」

 「分かるわけないじゃない!」

 「すっとぼけても無駄だ。"橋土研"の調査網を甘く見るんじゃねぇぜ」

 「・・・・」

 「そう。同じクラスの柳原マサシ・・・おめぇもうすうす感づいてるはずだ」

 「もし仮にそうだとしても、どうして直接本人に『ところがそうはいかねんだなコレが」

 「ニュートは金にも色にも動かねぇ。人としての基本的な欲に欠けてんだな。これほど扱いにくい代物もねぇぜ」

 「かといってボコボコにして従わせるわけにもいかねぇ。商品価値がなくなっちまうからな」

 「そこでだ・・・あいつの唯一の友人である八源坂サバ子の登場と・・・まぁこうなる訳だ」

 「ナニそれ!!」

 信じられないというように目を剥いて真っ赤になるサバ子。

 「あたしをさらって、それを交換条件にしようっていうの?!」

 しかしグラスをゆるゆる回して鼻につけ芳醇な香りに目を細める雄次郎。

 「ま・・・目の前で友人がああもあからさまにさらわれりゃ何とかしなきゃと思うよな?フツウ」

 「たとえニュートでもだ。わかるだろ? 人として・・・という意味だ」

 そこでぐいとグラスを開け

 「あれからそろそろ・・・二時間か」

 ちらりと純金ロンジンの腕時計に目をやる雄次郎です。
 が、ふと眉根を寄せ

 「へんだな・・・・乗り込んで来ねぇな」










 その頃。
 柳原家自宅二階の勉強部屋。
 そこでデスクを前に腕組みしながらじっと考え込むマサシ君。

  "さて・・・今日は何を・・・"

 そしてはたと数学の宿題があったことに気がつき教科書と問題集を取り出します。
 クラスメートの八源坂サバ子が悪名高い"橋梁土木研究会"の玉隠(たまがくれ)雄次郎に眼前でさらわれたことなどまるで気にしていない柳原マサシ君でした。