商売11
そんなある日。
「兄貴ィ」
「なんだい? タカシ君」
「タ・・・タカシ君?!・・・」
「どうしたんだい? 何をそんなに目を白黒させてるんだい?」
「いっ・・・いったいどないしはったんです?! 兄貴ィ!!」
「その兄貴というのももうやめてくれないかな。僕は君のお兄さんでもなんでもないんだから」
「なっ!・・・そっ!・・・どっ!・・・」
あまりのショックに言葉がつながらない。
それでもパコパコとキーボードを叩きながら兄貴
「僕は生まれ変わったんだ。"おタヌキさん"のおかげでね」
「お・・・おタヌキさん?」
「そう。君にも紹介してあげようか? 人生変わっちゃうよ」
「ソレって・・・宗教でっか?」
「まぁ、そうともいえるね」
「正気でっか兄貴?! 宗教は究極の詐欺やて言うてはり『バカなこと言っちゃいけないよ!」
「キリスト教も仏教も人の道を説いた立派な教えじゃないか」
「それに何かを心の底から信じるというのは大切なことだよ」
「とりわけ何も信じることの出来ないこんな世の中ではね」
それきりまたモニターに向かってなにやら打ち込んでいる兄貴。
でっぷり太った彼の周囲にもいつもとは違った怪しい雰囲気が立ち込めているようだ。
それでもなんとかいつもの兄貴をひきだそうとター公
「ところで兄貴・・・新手の詐欺のことなんですけど」
するとたちまち
「ダメだよタカシ君!」
険しい表情でくるりと向き直る兄貴。
「詐欺なんて人間のクズがやることだ。唾棄すべき最低の行いだよ」
「人を騙して金儲けしようなんて考えただけでもダメだ。地獄に堕ちたくなけりゃね」
とてもあの兄貴の口から出た言葉とも思えない。
ただただあんぐり口を開け返す言葉も見つからないター公。
「さてと・・・」
そんなター公を尻目に一仕事終えたように立ち上がる兄貴。
「僕はこれからでかけなくちゃならないんだけど・・・一緒に来る?」
「おタヌキさんのこと、もっと知りたいだろ?」
「い・・・いえ・・・私も仕事が・・・」
いつしか自身の口調まで微妙に兄貴に感染されていた。
「あ、そうだったね。君も新聞勧誘の仕事があったんだ」
「そうそう。人は額に汗して働くことが一番だよ。じゃあ仕事、頑張ってね」
そうにっこり微笑みプリントアウトした束を抱えて出て行く兄貴。
兄貴がタヌキにばかされた?
半信半疑ながらこっそり後をつけるター公。
すると近所の家々の郵便受けにせっせとチラシを投函してゆく兄貴。
一枚抜き取って見てみると
"脅威の軟膏! どんな痛みもピタリと治る! 癌まで治る奇跡の軟膏!!"
そんな文字が紙面いっぱいに躍っていた。
コレって・・・
詐欺だとしても、とてもあの兄貴が手がけたものとも思えない。
「ダボッ! どこのアホがこんなちんけな手に引っかかるんや!」
たちまちそんな怒声が跳ね返ってきそうな稚拙な手口。
そしてやはりというか、全てのチラシを投函し終えた兄貴が向かった先はあの民家だった。
外見上はやはり何の変哲もない木造二階建。
しかし中から聞こえてくるあの呪文のような大勢の唱和。
時折、キエーーッとかドリャーーッとかいう悲鳴ともおらび声ともつかぬ咆哮。
"不肖ター公・・・"
彼は覚悟を決めた。
"大恩ある兄貴の足を引っ張り続けて有余年・・・"
ポケットから手ぬぐいを取り出しながら。
"やっと恩返しできる時がやって来たようです。兄貴"
しかし相手はあの兄貴すらたらし込んだ海千山千の古ダヌキに違いない。
心してかからなければ、たちまちミイラ取りがミイラになってしまうだろう。
それでも兄貴をタヌキの魔手から救い出したい一心で、きりりと玉砕覚悟の手ぬぐい鉢巻を締め、大きく深呼吸してから一人その巣窟に乗り込んでゆくター公であった。