精米所のピアニスト10



 ここは六本木。
 ナイトクラブ"まんじがため"。

 「ねぇねぇ!」

 ピアノソロのインターバルに入るや

 「あの金髪美人だれ?! どこ行ったの?」

 目を輝かせてボックス席に駆け寄ってくるレオナルド・チャンドラでした。
 その間ずっと飲み続けていた五郎池タメ子も呆れ顔です。 

 「男よあれは。残念ながら」 

 「・・・ウソ!!」

 さほどがっかりした様子もなくタメ子の横に座り込むレオ。

 「男でもいいから紹介してよ」

 「あんたもつくづく変わってるわね」 

 ほとんど空になったボトルを注ぎながらタメ子。 

 「もう帰ったわ。藤道君の様子でも見に行ったんでしょ」

 「え?・・・藤道君? どうして?」

 「彼のボスだからよ! いちいちうるさいわね!!」

 ぐいっとグラスを開けてからオヤジのようにプファーと息を吐き出すタメ子。 

 「それからあんたのピアノ、いい音だってほめてたわ」

 「ほんとに? さすがぁ!」

 「ナニがさすがぁよ!!」

 酔いの回ったタメ子。だいぶ鬱憤を溜め込んでいる様子です。  

 「あんたこそ何やってるのよこんなとこで!!」

 「かりにもあんたリヒターチルドレンでしょ! こんなとこで遊んでていいの!?」

 「遊びじゃないよ。ちゃんとした仕事だよ」

 そう言って"うまい棒"を一本取り出しサクサクかじりだすレオ。
 そしてウェイターにミルクを注文しながら  

 「リヒター先生も知ってるよ。もともとアルバイト自由が日本に来る条件だったしね」

 「アルバイト自由?」

 「そ。ほかにもヨガ教えたりソフト開発請け負ったり」

 「ヨガ?・・・ソフト開発?・・・」

 むくむくとタメ子の額に例の青筋が隆起します。

 「あんたわざわざインドから出稼ぎにやってきたの!?」

 「そんなに家が貧乏で仕送りしなくちゃならない訳?」

 「家が貧乏っていうより・・・」

 レオが二本目のうまい棒をサクサクかじりながら答えます。

 「どっちかっつうとマハラジャで大地主なんですけど」

 「なによそれ!!」

 くわっと目をむくタメ子。

 「だったらピアノもバイトもお遊び? リヒタースクールはただの気晴らし!?」

 「まったく男ってやつはどいつもこいつも・・・」

 ぶつくさ呟いてから通りすがりのウェイターに声を荒げます。

 「土佐誉(とさのほまれ)ちょうだい!!」 

 「ナニ怒ってんの?」

 レオが不思議そうに覗き込みます。

 「ピアノはピアノでしっかりやってるよ」

 「でもピアノだけで幸せになれるかどうかわかんないじゃん」

 「幸せ?・・・」

 「そう。仮にショパンコンクールで優勝したとしてそれで幸せになれる? その先に何がある?」

 「世界的な名声? お金? それが幸せ?」

 「ほっ・・・余裕だわね。上等じゃない」

 タメ子の目が完全にすわっています。

 「だったらあんたにとって幸せって何なのよ?!」

 「・・・まずは人生のパートナーにめぐり合うことかな」

 「人生のパートナー?」

 「そ。苦楽をともにできる一生の伴侶さ」

 「古風なのね・・・なぁんて言うとでも思った? この女たらし!!」

 「あたしに色目使ってもダメよ! リヒタースクールのことでは感謝してるけどそれとこれとは別」

 「わかってるさ。君はもともと藤道君一本だもんね」

 「な・・・ナニ言ってんの?」

 きょとんとなるタメ子。 

 「バカじゃないの!? なんであたしがあんな精米バカを!!」

 「ほらほらやっぱり、赤くなってるぅ」

 「バカっ!! 酔いが回っただけよ!」

 「あんたこそ、あのスカした王麗妃がお似合いよ!」

 「そうそう。彼女なんかもいいよね。君とはまた違ったキャラクタでさぁ・・・」

 「でも実は、ちょっとアプローチしただけで殺されそうになったゃったよ。ヌンチャクでさぁ」

 「ヌンチャク?・・・」

 タメ子の眉がピクリと吊り上ります。

 「そ。ブルースリーみたいなボディガードが"影"みたいに張り付いててさぁ」

 「あれにはまいっちゃったよ。彼女にプロポーズするならピアノよりまずクンフーをマスターしないとね。ハハハ・・・」

 「・・・あの・・・腐れアマが!」

 歯軋りするように呟くタメ子。
 手にしたグラスの氷がカタカタ震えています。
 横ではレオがサクサクと三本目のうまい棒をかじり始めています。





 その時分。
 鶯谷のおんぼろアパートでは・・・

 「手にとってみな小僧」

 すっと差し出される大きな手。
 そこからざざぁと小さな両手にこぼれるほどの米粒。

 「どうだ? 一粒一粒が宝石のように輝いているだろ」

 「わかるか小僧」

 いかつい顔のちょび髭が優しく笑いかけています。 

 「見事に精米された米はその一粒一粒が宝石なんだ」

 「そしてピアノもまたしかり」

 「その一音一音が輝いてなければならん」

 「心を研ぎ澄まし、その輝きに耳を傾けるんだ」

 「それが全てだ。わかるか小僧」

 羽織袴のその男はそのままくるりと背を向けてしまいます。
  
 「おじちゃん・・・」

 大きな背中。でも少し寂しげです。
 懸命に呼びかけます。

 「おじちゃん!」

 でもどんどん遠ざかっていきます。

 「おじちゃん!!」

 がばっと布団を跳ね除ける藤道君。
 やはりいつもの殺風景な六畳間です。

 「先代・・・」

 ポツリと呟く藤道君。
 大恩人である先代、川田精源の夢を見たのは何年ぶりでしょうか。
 幼い頃の記憶、その懐かしさもあいまって、ほろりと涙が頬を伝います。
 そして顔を洗いに洗面台に立ったとき、ふと鼻腔をくすぐる匂い。
 見るとキッチンのテーブルに何か・・・

 「なにこれ!」

 大皿に山盛りの水餃子ではありませんか。
 いまだほかほかの湯気が立っています。

  いったい誰がこんなことを・・・

 戸締りを確かめてからしばし思案する藤道君。

  不気味です・・・

 でも、その美味しそうな匂いには抗えず、とうとう一つつまんで半かじり。
 とたんに顔をしかめ

 「まずぅ」

 ペッとシンクに吐き出してしまう藤道君。毒入りでしょうか・・・
 ともかく何度もうがいした後、山盛り水餃子をゴミ箱にカタしてから好物のべったら漬けで口直しと。
 でもその時、キッチンの窓ガラスの向こうに何かの気配!

 「誰っ?!」

 とっさにドアを開けて通路を覗き込むも、やはり誰もいませんでした。
 "影"がそのまま夜の闇に溶け込んでしまったかのように・・・