精米所のピアニスト12



 「で・・・曲は何にするタメ子さん」

 スツールに座り直しながら余裕で微笑む王麗妃。

 「なんでもいいわよ。あわせてあげるから」

 そしてシルクのハンケチを取り出し目の周りに巻きつけ頭の後ろで縛り始める。
 それを見て五郎池タメ子。

 「・・・あんたいったい」

 対になった向かいのピアノに腰掛けながら 

 「なんのまね?」  

 「見て分からない? 目隠ししてるの」

 平然と王麗樹。

 「当然のハンデじゃないかしら」

 「あ・・・あんたねぇ・・・」

 あまりの侮辱に言葉が続かないタメ子。ピアノの蓋を開ける手も震えている。
 が、かまわず先を急ぐように王麗妃。

 「礼ならいいことよ」

 「さ。早く曲を決めてくださらない」

 一通りスケールを早弾きして指慣らしをした後
 目を閉じ深呼吸するタメ子。ぐっと心を落ち着かせてから一言。

 「ショパンのOP.66」

 「・・・幻想即興曲ね。それがおハコなのかしら?」

 くすっと笑って王麗妃。

 「じゃ、始めましょう」



 そしてピアノバトルが始まった。
 流麗な旋律。無数の水滴が葉脈を駆け下るようなリズム。
 それでも二台のピアノは最初寸分の違いもない同音を同時に紡いでいた。
 が

 「音が硬い!」

 間歇的に発せられる

 「そこはff(フォルティッシモ)よ!」

 王麗妃の寸評で

 「スタカートが甘い!」

 次第に二音の違いが際立ってきた。   

 「そこはもっと早く!」

 中盤の変ニ長調では明らかに一方の音が他方を圧倒していた。
 居丈高に覆いかぶさるピアノ。乱されまいと懸命にしのぐピアノ。



 ドアの影から
 
 「すげぇ!!」

 と身を乗り出すレオナルド・チャンドラ。

 「目隠しして完璧に弾きこなしながら、なおかつ相手の音も一音残らず聴き取ってコメントしてる」

 「・・・いや」

 と、藤道さとる君。

 「目隠しは方便だ」

 みるみる相手のペースにはまってゆくタメ子を心配そうに見やりながら。  

 「相手の動揺を誘い、かつ己の指と耳を意識的に分離するためのね」

 「・・・なるほどねぇ」

 感心しきりのレオナルド。



 そして

 「どう?・・・」

 一曲弾き終え

 「私のアドバイス、お気に召したかしら?」

 目隠ししたままの王麗妃。ホホホと笑って
 
 「でもこれじゃピアノバトルじゃなくて、ただのピアノレッスンだったわね」

 ゼイゼイと肩で息をする五郎池タメ子。

 「・・・まだよ」

 確かにその目はまだ死んでいなかった。 

 「まだ勝負は付いてないわ」

 「あんたの余計な茶々さえなければこんな・・・」

 「あらあら・・・」

 首を振り振り肩をすくめて麗妃。

 「せっかくのレッスンも猫に小判だったようね」

 「じゃぁ、そこの殿方に聞いてみようかしら」

 と、目隠しを取りながらドアのほうに振り向き

 「出てらっしゃいなお二人とも。盗み聞きはいかがなものかしら」

 「へっへっへっ・・・」

 頭をぼりぼりかきながらレオナルド。

 「いや別に・・・盗み聞きってわけじゃ・・・ね?」

 と藤道君を前に押しやりバシッと肩をたたく。

 「・・・・」

 無言のまま沈んだ表情の藤道君。
 それでもにっこり笑って王麗妃。

 「リヒターチルドレン勢ぞろいね。ちょうどよかったわ」

 「お二人に判定してもらいましょう。どちらが勝ったのか」

 そしてレオナルドに向かって

 「どうかしら? レオナルド君」

 「へへへ・・・」

 照れ笑いで言葉を濁しながらもレオナルド

 「どっちかっつーとまぁ・・・」

 タメ子の方には申し訳ないとでも言うように手を合わせ

 「麗妃さんかな・・・と」

 当然とばかりに頷く王麗妃。
 今度は藤道君に輝くような笑顔を向けて

 「さとる様は?」

 が、藤道君は既にタメ子の元に歩み寄っていた。
 そしてその肩にそっと手をかけ

 「もう十分だよ」

 耳元で囁くように

 「帰ろう。タメ子さん」

 が

  バシッ!!

 とその手を払いのけるようにしてタメ子。 

 「あたしはまだ負けてない」

 悔し涙に潤んだ大きな目。
それでも対面の王麗妃をぎりりと睨みつけ

 「誰があんたなんかに・・・」

 「絶対負けるもんですか!」

 近寄りがたい気迫と精神力。
 藤道君も一歩退くしかなかった。
 しかしずたずたに引き裂かれたプライドは
 その皮一枚でかろうじて持ちこたえているようであった。

 「そ」

 それ聞いて

 「わかったわ」

 とそっけなく王麗妃。

 「どうやらとことんまでやらないと分かって頂けないようね」

 しかしその口調からはそれまでのどこか投げやりな色が失せ
 切れ長の目にも静かな怒りと嫌悪がふつふつとたぎり始めていた。

 「でも覚悟してちょうだい」

 「あたしを本気にさせたんだから」

 「今度は手加減なんかしなくってよ」