へそ曲がり8



 えーーー。
 あのへそ曲がりなんですが・・・
 その後、なんと病院で臥せっております。
 日ごろの不摂生がたたって糖尿病に末期の肺がん。
 寄る年波も加わって主治医の話では、いつ逝ってもおかしくないほどの危篤状態です。


 が・・・
 その病院でまたも一騒動持ち上がっています。

 「お願いします先生」

 深々と頭を下げる一人娘の河馬子。

 「しかし・・・」

 渋い顔で言葉を濁す主治医。

 「まったく医者を馬鹿にしてるとしか・・・」

 「申し訳ありません!」

 再度、恐縮しきった体で頭を下げる河馬子。

 「でもあれが父の性分なんです。どうしようもないんです」

 「性分ってねぇ・・・」

 思わず苦笑いの主治医。

 「性分で死んだり生き返ったりされた日にゃ医者は・・・ねぇ」

 さもありなん。 
 なんでも医者が臨終の宣告を下すたびに息を吹き返してしまうそうな。
 それもこれで七度目。

 「だいいち、ここまでもってるのが不思議なくらいなんだ!」

 腹立ち紛れにカルテを叩きつける医者。

 「だから・・・先生から一言・・・一言でいいんです!」

 必死で食い下がる河馬子。

 「でもねぇ・・・それで・・・本当に?」

 「はい・・・それでたぶん・・・やすらかに・・・」

 哀願するように河馬子。消え入りそうな声で

 「これ以上、父を苦しめたくないんです」

 そんな河馬子に根負けしたのか

 「私も長い間医者をやっているが・・・」

 首を振り振り深いため息の主治医でした。  

 「こんな患者は・・・」



 そして病室。
 主治医が耳元で土囁きます。   

 「・・・さん聞こえますか?」

 装置につながれたへそ曲がりがぼんやりと薄目を開けます。
 まだかろうじて意識はあるようです。
 そこで医者は意を決して話しかけます。
 河馬子から頼まれたとおりの嘘八百を。

 「もうだいじょうぶ。治りました」

 「長生きできますよ」

 するとへそ曲がりの乾いた唇がかすかな笑みを浮かべたようでした。
 そして次の瞬間、装置のモニタに赤ランプとビープ音。
 既に彼の鼓動も脳波もフラットな一本線。
 安らかな最期でした。


 ようやく最期を看取った河馬子とその夫。
 緊張の糸が切れ、悲しみと安堵の涙があふれます。
 そして今や中学生の孫、コウスケもこらえきれずに涙をぬぐっています
 が・・・
 ふと、ベッドの布団からはみ出した手に目がとまります。
 それまで硬く握り締められていた拳が開き、そこに文字が浮かんでいます。
 それは、痩せこけ干からびた掌に黒々とマジックペンで書かれたへそ曲がり最後のメッセージ。
 遺言でした。

  "笑え"