精米所のピアニスト14



 「あらあらあら」

 いきなり入ってくる一人。
 すらりと伸びたジーンズ脚、金髪おかっぱ頭。

 「こんな時刻まで練習?」

 ギリシャ彫刻のような彫りの深い顔立ちがにっこりと笑った。
 もちろん藤道君のボス、川田精米所二代目当主、川田精次郎である。

 「二代目! どうしてここに・・・」

 驚きうろたえる藤道君。

 「どうしてじゃないでしょ」

 ため息交じりに首を振り振り精次郎。

 「明日はいよいよ決戦の場、ポーランドのワルシャワに乗り込もうって夜に・・・」

 「二人っきりで何やってんだか・・・」

 くすっと笑って二人に意味ありげな流し目。

 「えっ・・・そんな!・・・これは・・・・」

 どぎまぎする藤道君。 

 「ちょっとお! 変な想像しないでよ!」

 真っ赤になって食ってかかるタメ子。
 そのタメ子の耳元に口を寄せ早口で囁く精次郎。

 「高知にお帰りなさい。もうあなたの役目は終わったの」

 「これ以上、藤道君の足を引っ張らないで」

 愕然と立ち尽くすタメ子。
 次いで大きな目からぶわっとあふれる涙、ダッと駆け出す足。

 「タメ子さん!!」

 慌てて後を追おうとする藤道君の腕をガシッとつかみ

 「いい加減になさい!!」

 ぴしゃりと言い放つ精次郎。

 「そんなんでショパンコンクールに勝てると思ってるの!?」

 「早く帰って明日の支度しなさい!」




 数分後。
 独りとぼとぼと帰っていく藤道君の背を見送りながら

 「本当によかったの?・・・これで・・・」

 リヒタースクール練習室のある西日暮里駅前雑居ビル二階でポツリと呟く精次郎。   

 「女を知ればピアノが変わる」

 隣で呟くもう一人。
 顎から伸びた長い白髭、ヘアピンのように湾曲した背中。

 「女を知らん透明な音色・・・純粋無垢な才能・・・今はそれだけでいい」

 「彼は若い。そして人生は長い」

 独り頷くせむし老人。

 「女を知るのは後でいい」 

 隣のきゅっと引き締まったジーンズ臀部。
 何気に伸びてさわわとまさぐる皺深い手。

  ガッ!!

 とたんにふっ飛ぶ入れ歯。

 「この変態ジジイ!!」

 くわっと吼える精次郎。
 はががと顎に手をやる老人。
 次いでほうっと深いため息をつき

 「直らないわね。その悪い癖」

 転がった入れ歯を拾って手渡しながら苦笑いの川田精次郎であった。

 「リヒター先生」