商売19
「どや。その後」
「兄貴ぃ・・・」
「なんやその情けないツラは。スケとはあんじょういっとるんやろな」
「あんじょうどころか・・・」
「なんや、うもいってないんか」
「サッちゃんあれ以来、抜け殻みたいになってもうて・・・なに話しかけても上の空やし」
「そうか」
「おまけにおやっさんまで、ワシのこと腫れ物でも触るみたいに・・・」
「そうかそうか。よっぽどショックやったんやろな」
クックッと笑いをこらえる兄貴。
「なんせ執事にリムジン、とどめは金の延べ棒やさけな」
「どうせパチモンでっしゃろ?」
「当たり前や。せやけどわかりっこないで。どうせ目にするんも初めてやろし」
「そんで今どこに置いてあるんや? 金庫か?」
「神棚に・・・おやっさんが神棚に祭ろうとしたら底が抜けて・・・」
「神棚の底が?・・・くっくくく」
腹を抱えて必死にこらえる兄貴。
「そんで金庫も無いんで庭に穴掘って・・・」
「庭に穴?・・・ブワッハッハッハッ!!」
たまらず笑い転げる兄貴。
「まるでここ掘れワンワンやないけ」
「ナニがおかしいんでっか!」
キッと食ってかかるター公。
「だいいちなんであんなこと・・・」
「もちろん銭のためや」
ピタリと真顔になる兄貴。
「当たり前やろが。ワシらプロの詐欺師やで」
「まさか・・・結婚詐欺?・・・」
「せや」
「そんなぁ・・・わしサッちゃんとは本気で・・・」
「ドアホッ! まだそんなねむたいこと言うてんのか。世の中愛より銭や!」
「せやけど兄貴が仲取り持ってくれるゆうたから・・・わし・・・」
「ボケッ! もう賽は投げられたんじゃ! 後戻りは出来ん!」
「そ・・・そんなぁ・・・」
「いまさら本当の事言うて、あのスケに嫌われとないやろが」
「せやけど、どのみち恨まれるんや・・・」
「せや。ワレの恋は既に終わっとるんじゃ!」
「愛は既に死んどるんじゃ!」
「ケツまくらんかいっ!!」
「・・・・・」
「それにこっちも出費がかさんどるんじゃ。元だけはきっちり取らせてもらうでぇ」
返す言葉も無くしょげ返るター公でした。
その夜。
江戸川土手遊歩道。
二人並んで歩く江戸川経済新聞亀有販売店長女幸絵とその従業員たかし。
「なんなの? 話って」
ポツリと話しかけるサッちゃん。
「うん・・・」
そう言ったまま、またも押し黙るター公。
「わかってる」
独り頷くサッちゃん。
「あの話、無かったことにしてくれって言うんでしょ?」
えっ!と振り向くター公。
しかし顔を横に向けたままのサッちゃん。
「そうだよね」
「もともとたかし君とあたしじゃ全然つりあわないもんね」
「それに父さんも家と敷地を担保に入れてまで銀行と掛け合ってるけど・・・」
「あんな何十億もする金の延べ棒に見合う持参金なんて・・・とても用意できそうもないし・・・・」
「あれはそんな・・・何十億なんて・・・」
鉄くずにめっきしただけの正味数千円のパチモンですと危うく言いかけてぐっとこらえるター公。
「いいのよ。もう」
さばさばしたように先を行くサッちゃん。
「お兄さんが勘違いして勝手に話進めてるだけなんでしょ?」
「もともと住む世界が違うもんね」
ズンズン先を行く軽快な足取り。
しかしその跡をポタポタぬらしてゆく涙。
「ナニ言うてるんや!!」
その肩を後ろからガシッとつかむター公。
「ええんや金なんか! 持参金なんか!!」
「愛があればそれでええんや!」
稲妻に打たれたように立ち尽くすサッちゃん。
ややあって
「・・・ほんとに?」
下を向いたままの震える肩。消え入りそうな声。
「ホントや!」
前に回って力強く頷くター公。
「ワシはサッちゃんだけで十分なんや!」
その言葉にようやく顔を上げる娘。
その頬の涙を指でぬぐって笑いかける若者。
泣き笑いの返し笑み。ふと閉じられる瞼。じわりと接近する唇と唇・・・
その時。
急にまぶしいヘッドライト。
江戸川土手をブブーッと登ってくるリムジン。
ピタリと二人の前につけるや、さっと降りてくる運転手。
後部ドアの前にするすると敷き延べられるビロードの赤絨毯。
そして鷹揚に降りてくる羽織袴に山高帽の恰幅のよいちょび髭男。
「こんなところにいたのか」
鷹揚に笑いかけ
「捜したんだぞ。たかし」
「あ・・・兄貴ぃ・・・」
愕然と立ち尽くすター公。
かまわず帽子を手に取り隣の娘に深々と会釈するちょび髭男。
「サッちゃんさん。いつも弟が大変お世話になっております」
「そんな! わたしこそ!」
しどろもどろで米搗きバッタのようにへこへこする娘。
「せっかくのところを申し訳ないのですが、ちょっとの間、弟をお借りしたい」
「え?・・・」
「実はこれから皇居で晩餐会がありましてな。そこに出席せねばならんのです」
「こ・・・皇居?・・・晩餐会?・・・」
あんぐり口をあけたまま凝固する娘。
かまわずター公に向き直るちょび髭男。
「ほら、親戚の高松宮親王殿下が先日ご逝去されただろう?」
「それで宮内庁から連絡があり人数が足らないのでぜひ出てくれって言うんだ」
「・・・・」
ター公、既にがっくりと肩を落とし言葉も無く諦め顔。
「な。せいぜい二時間だ。一緒に出てくれ」
それでもしきりに頼み込むちょび髭男。
「ああいう堅苦しい場所、兄さんが苦手なのはよく知ってるだろう?」
それからふと気づいたように
「そうだ! この際サッちゃんさんもご一緒にいかがですかな?」
「未だ挙式前ですが、弟のフィアンセとして陛下にご紹介申し上げる機会があるやも・・・」
がくがく震え出す膝。
「へ・・陛下?・・ま・・まさか・・」
しれっと言ってのける口。
「もちろん天皇陛下です」
既に目線の高さに娘はいなかった。
地べたにへなへなとへたり込んだまま虚空をさまよう空ろな視線。
「サッちゃん!!」
慌ててひざまずき抱きかかえるター公。
「サッちゃん! しっかりせぇ!」
が、その真っ青な唇はうわ言のように一つの言葉を繰り返していた。
「て・・・天皇・・・天皇陛下・・・」
やれやれ・・・どうなることやら・・・